月別アーカイブ: 2013年6月

【TED】カタリナ・モタ: スマート素材で遊んでみよ

要約:

私たちはスマート素材について理解しておくことが必要である。なぜなら、私たちや私たちの未来を形作るのはスマート素材であるからである。

私たちがスマート素材について理解することによって、スマート素材を利用したDIYなどを行うことが可能となり、また、そのDIYの手法をWebを通じて公開することで、多くの人が同様の発明をすることができるようになる。

すると、多くの先端的研究者や素材メーカーなどが素材についての情報をより公開するようになるかもしれないし、もしそうなれば、さらなるDIY文化が開花する。そして、さらにうまくいけば、そんな中から本当に私たちの生活に必要な発明品が生まれるかもしれない。

感想:

冒頭で話者はDIYの文化が20世紀後半以降廃れたことを嘆いていたり、昔は祖父が自動車までもDIYしていたことを話しているが、そのようなDIYの文化が廃れしまったことは確かに悲しいことである。

確かプリングルスへの印刷技術をオープンに公募したら、イタリアのどっかのおっさんが方法を発見したみたいな話があったと思うけれど(あれはなんというサイトで、そういう現象をなんと呼ぶのだったかど忘れしたが Innocentiveだった。オープンイノベーションでは必ず参照される事例だった)、
そういった現象を草の根レベルで後押しするには話者のような観点が必要となるだろう。

また、話者はテッドネルソンの言葉を最後に引用しているが、個人的にこれは私が話者への好意を抱く要因となった。(また、話者が社会科学者であるということも、バックグラウンドを共にするという意味で好感が持てたが)。
私も大学4年生の頃、国際大学GLOCOMの発行している雑誌『智場』シリーズにおいて、テッドネルソン本人やその引用を幾度も散見したが、彼はコンピュータサイエンスの分野において本当に革新的な人物の一人であるように思う。

ともあれ、話者の言うDIY文化の再興とそのためのスマート素材への我々の態度のあり方、さらには発明方法を公開・共有することは、次代をよりイノベーティブでクリエイティブな世の中としていくにおいては重要であろう。

【TED】ダニー・ヒリス: インターネットがクラッシュする前にプラン B を

要約:

そもそもインターネットプロトコルは設計当初は信頼ベースの設計で作られたものであり、現在のようにあらゆるサービスの基盤となり、ロケットと地上の通信までもを支えるようなネットワーク基盤として開発されたものではなかった。

にもかかわらず、現在はインターネットに依存していないサービスを考えつくことすら難しい状況になってしまっている。

これはそもそもの設計との乖離においてリスクであるとともに、一つの技術にあらゆるサービスが乗っかっているという意味でも大きなリスク要因となる。

インターネットプロトコルと同様の仕事を果たせる別の通信基盤を作る必要があり、それは既存のファイバー網の利用などによってハード的には可能であり、かつまた、技術的に新規で難しいことではない。

インターネットプロトコルが完全なクラッシュに至る前に、別のプロトコル基盤の新規設計と構築が重要である。

感想:

いやもしほんとにその通りなのならマジでそれ早くせなヤバイやん。
東大の情報学環の坂村健さんとかに頑張ってもらわな(多分専門違うけど、ユビキタスとかやしな)

【TED】フランシス・コリンズ: より良い薬が必要です — 今すぐに

要約:

原因が解明されているのに薬を開発できていない多数の病気への薬の開発のために、これまで開発されたが元の目的のためには有用ではなかった、しかし人体等への安全性がある程度確保されている薬を、より効率的に実験再利用できないか。そのためには製薬会社や政府等様々な団体の協力が必要である。

さらには、皮膚細胞から肺細胞や肝細胞を作る技術が確立されているので、薬の安全性を個々人の細胞において試用することも可能で、より個人化された安全性確保の元、薬の利用可能性を確認することも可能になるだろう。

そのためには、治療薬なき多くの病気への治療薬の発見が重要で、先に述べたような種々の機関の協力関係が肝要かつ喫緊な課題となる。

感想:

話者の主題とズレる感想だし、それゆえ要約内容ともズレる感想になるが、薬の安全性の問題への話者の触れ方などを意識するに、薬のネット販売マンセーとしか言えないクソバカ野郎どもに聞かせてやりたい。

薬に関してだけは、利便性以前の倫理問題や問題発生時の責任の所在問題が重要なので、ネット販売マンセーとは言えない。

対面販売であればOKとか言う問題でもなく、いかに薬の危険性や副作用の抑止、問題発生時の責任問題の処遇の在り方までを考慮にいれた販売方法が可能であるか。というところから議論をしなければ意味がない。

要するに薬のネット販売問題に関する限り、対面販売が安全性確保に役立ってないからネット販売OKとかいう稚拙な論理が展開される以前に、そもそも薬がもたらす最悪の可能性を考慮に入れた上で、根本的なレベルで安全な薬の販売方法はいかなるものがあり得るだろうか、というところから議論を始めなければ意味がないように思える訳です。

市民はまだ、それら薬によって引き起こされるかもしれない様々な可能性の責任を自分たちで取る覚悟があるほど、(ある意味で)市民化された、自由な主体でなどあり得ていないのだから。