タグ別アーカイブ: クラウドファンディング

【TED】アマンダ・パーマー 「“お願い” するということ」

私的要約:

 路上でパフォーマーをやっている時代に話者は、「仕事をしろ」というような罵声を浴びせられてきた、彼女にとってそれが仕事であるにも関わらずだ。
 それは現在クラウドファンド的に音楽活動が成功をおさめられるようになった現在も変わっておらず、彼女には「お前にはみんなの援助を受ける資格がない」といったアンチなWebサイトが作られたりしている。
 しかし、彼女にとっては路上パフォーマンスを行っていた時の観客との触れ合いと同様、クラウドファンドで援助してくれるファンとの交流は、「信頼」をベースにした繋がりである。
 彼女はファンを信頼するが故に、自身を信頼してもらえるように最高のパフォーマンスをライブであれ無料の音楽配信であれ行う。そしてその彼女の信頼に応えるようにファンは彼女を助け、援助する。
 自己の恥を捨て、他者との「信頼」関係を構築するところにこそ、彼女のようなクラウドファンド型のアーティストが存在する所以である。

感想:

 一時期、ウェブ社会への論評において「信頼社会化」するというものがあった(社会心理学者の山岸俊男だったと思う)。実は私自身、彼の著作における「信頼社会」がどのような意味で使われていたかを把握するまできちんと目を通していないが、私自身もある意味でオープンで個人が露呈するようになったウェブ社会の肯定的可能性として、市民がより市民化する、未完のプロジェクトだった近代的市民が強化されるような作用が働くかもしれない、と感じたことがあった。その考えは、gov2.0系の思考とも相容れるものだろう。彼らは政体の変更よりもその先にある市民の市民性の向上のようなものをこそ目的としている。
 話は逸れたが、話者の言うようなあらゆる自分を恥を捨ててさらけ出すことで、逆に受け容れられ信頼関係を構築して行くということは難しく見える。少なくとも現在の私にはそのようなメンタリティは持てない。
 しかし、もしかするとデジタルネイティブ以降の世代は彼女のような考え方が当たり前になっているのではないか?というような感覚は拭いきれない。
 様々に遍在する自己を分人的に遍在させたまま、様々な人々と「信頼」関係を取り結ぶ。その時「信頼」という言葉が指し示すものが今私たちが考える「信頼」と全くの同義であるかはわからないけれど、肯定的なウェブ社会の一つの姿が彼女のあり方にはあるだろう。
 もちろん、岡田斗司夫や株式会社Genronなどを想起しなかったわけではないが、そのような可能性は有意な一つの可能性として期待と共に見つめて行きたいと思った。